なんでも日記

その時やったこと、その時感じたことなど書いていきます。

自信が持てる勉強方法とそこからの可能性

 

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野口英世の名言を実行できる人はなかなかいません。ということで凡人には何が出来るかを考えてみたいと思います。

凡人が人の5倍もいきなり勉強は出来ませんし、勉強の挫折を引き起こす原因にもなるでしょう。ということで、勉強の天才になるための準備段階を経ていく事からかみ砕いて考察していきます。ステージ1の話です。

勉強は継続力が命です。勉強は短期間で勝負するものではありません。マラソンです。マラソンは、人生そのものです。疲れ果ててしまって身動きできないようになるのでは意味がありません。今日は調子良いから長めに走ろうか、今日は調子が悪いから早めに切り上げようとか、1日1日においてもマインドコントロール(言葉の使い方間違っていますが。自分を自分でマインドコントール。)つまり自己管理しながら進んでいかなければいけません。その日の勉強内容云々よりも重要です。

難しい問題で進むのが遅いから今日は、長時間しないといけないとかそういうのはご法度です。そういう場合でもいつものペースでやって勉強の捗りが悪くてもある程度で切り上げて、次の日やるのがいいです。むきになって、それが引き金で勉強が嫌になり持続できなくなるほうが最悪です。むきになって挫折するパターンが多いです。これは性格が関係します。というように、自信が持てる勉強方法とは、自分の感情変化に合わせた学習方法を取ることが一番いいです。これは、経験を積まないとわからないことで、勉強がマラソンであると分かる人は、こういうことを理解し取り組んでいると思いますが、わからない人は、息切れして途中で追い抜かれます。ですので、人生で考えても、突っ走りすぎると最後のゴールまで行けません。ということで、どんなにつらくてもやめない精神力は、じわじわとつけていくのがよいと思います。

そして、こういう練習をしていくにつれて応用編として、マラソン記録を更新してやろうという気概が出来てきます。ハーフマラソン1時間30分目指すとか、フルマラソンで2時間台で走るとかそういう練習方法です。それが、1日10時間勉強1年継続ということです。これが出来ないとある程度の中学・高校・そして大学にはいけません。旧帝大程度(医学部除く)は、このスタイルで凡人はいけるでしょう。が、このスタイルが中学高校6年間+浪人1年程度の早い時期で完成しきれないと無理でしょう。

1日15時間勉強などを1年、2年とやり続ける人がいますが、これは、小学校・中学校・高等学校と段階を経て可能になる勉強スタイルです。で、社会人になり辛い難関資格試験などにも合格できます。というように、マラソンでもいきなり2時間台で走れる人はいません。ということは、小学校でも中学校でも高等学校でも勉強をロクにせずに社会人になった人が、勉強したとしても、短時間の集中力ももちませんし、結局、潰しがきかず、現状の仕事をし続けるしか手段がないです。方向転換するために猛勉強が出来ません。(同業種移動は出来ても、経営者に足元を見抜かれ長時間労働)現状の仕事を続ける方が楽であります。そういう思考パターンに陥っています。刹那的、いや、楽観的に言い換えれば、お金を稼ぐほうが楽なんです。極論言うと、勉強が出来ない人は、死を決断してしまいます。究極の選択で。人生の場面の切り替えが出来ないのは、非常にモノトーンです。ということで、勉強に関しての才能が光り輝くものになるというのは、こういうこともあります。 勉強するかしないかは人生の終盤が近づけば近づくほど圧倒的な差が出ます。いくら地頭が良くても社会人になるまで勉強をしてこなかった人が教師になろうとか、医者になろうとか思ったところで、まずは大学に行かないと駄目、2,3年勉強が必要。教員免許もいるし、大した大学でない、または、通信とかの免許だと、ロクな中学、高校で働けるチャンスがないし、また、教員採用試験に合格するにも、またまた最低でも2,3年かかるわけです。そこから、教師の仕事をするとなると、はっきりいいまして、ステージ1の中学くらいで挫折した人が出来るもんではありません。 ということで、勉強というのはこういうものであって、地頭がどうのこうのではありません。だからこそ、親は、子供の教育に対して小さい頃からビシッと決めにいかなくてはいけません。 つまり、地頭が悪いからダメだとかいうことに、ふらついていてはいけません。地頭良い悪い関係なく、勉強に自信が持てるようになるにはこういう法則・理論が必須です。ただし、例外的に遺伝子レベルでスーパーな人がいまして、15時間勉強をいきなり目的を持てば数年継続できるというのもあるみたいなので人間凄い人がいるようです。特に東大生とかは人生設計が早いみたいで小学校低学年から計算立てて猛勉強していたというのを聞いた事があります。  

そして、勉強すること=幸せになるとか、勉強する=社会で成功するとかそういうことは一概に言えませんが、そうなる可能性が高い。これは言えるでしょう。なぜなら、人はお金に対して絶対的な価値をもって生きているというのは、建前です。人の意識は、お金にはありません。お金を稼げても勉強できなければ、人の心動きません。人はどういう人に興味をもつか、どういう人に意識を向けるか。お金がある人、仕事が出来る人、勉強ができて高学歴な人、教師や医者か。順位的には、勉強できて職についた人に興味や意識が行く。また、そういう人で、かつ、社会的に成功している人に興味や意識が行く。愚者は経験に学び 賢者は歴史に学ぶ。つまり、最後お金を残している人は、勉強をやり遂げて頑張りぬいた人が多いというデータから来ているのでしょうか。そんな感じがします。